労働政策研究報告書 No.153
ジョブ・カード制度における雇用型訓練の効果と課題
―求職者追跡調査および制度導入企業ヒアリング調査より―
概要
研究の目的
ジョブ・カード制度の下で実施されてきた雇用型訓練を取り上げ、これを受講した求職者及びこの訓練機会を提供した企業に対する実態調査を通じて、その効果と課題を検討する。
研究の方法
- アンケート調査
同制度の雇用型訓練(有期実習型訓練の基本型)の受講者及び非受講の求職者に対する「転職モニター調査」(追跡調査:第1回(2010年9~11月実施)から第5回(2012年3月実施))。第1回調査は全国のハローワークでキャリア・コンサルティングを受けた人全体を補足するように設計し、31,565票配布して10,292票の回収(回収率32.6%)を得た。この回収票を調査名簿とし、第5回までを郵送で実施。第5回調査は6,111票を発送し、5,605票を回収(回収率91.7%)した。
- ヒアリング調査
雇用型訓練実施企業に対するヒアリング調査
初回調査応諾企業(17社)に対する追跡調査(なお、初回調査は、雇用型訓練の多い地域ジョブ・カード(サポート)センターから紹介され、2010年5~10月にかけて実施)。回答企業16社。加えて地域ジョブカード・センター(=商工会議所)4所へのヒアリング調査。
- 研究会の開催
主な事実発見
- 雇用型訓練受講者は、公的訓練非受講者に比べて就職できる確率と、正社員就職する確率が高いことが、求職者に対する追跡調査から確認された。雇用型訓練は雇用への橋渡しという役割は果たしていると考えられる。また、委託訓練活用型デュアル訓練、その他公的訓練の受講者との比較においても、就職確率、正社員就職確率は高く、企業に雇われながら訓練を受けるという実践的な訓練方式も一定の効果があると考えられる。
- 賃金面では、雇用型訓練受講者の月収は他のカテゴリーの者(訓練非受講者、他の公的訓練の受講者、委託訓練型デュアルの受講者)の月収に比べて、第2回調査時点では統計的に有意に高かった。しかし、第3回以降は統計的に有意な差は観察されず、雇用型訓練の訓練量あるいは質の面で改善の余地があると考えられる。
- 仕事の満足度の諸側面のうち、キャリアの見通しに関しては、雇用型訓練受講者は他の比較グループと比べて統計的に有意により満足度が高まり、かつその効果は時間が経過しても残っていた。
図表1 雇用型訓練受講の限界効果(「転職モニター調査」第5回調査時点)
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注1:就職、正社員就職、仕事の満足度に関してはプロビット分析の推計結果を、月収についてはOLS分析の推計結果を報告している。比較対象と比べて、雇用型訓練受講者の就職、正社員就職、月収、仕事の満足度が統計的に有意な結果のみ数値を掲載している。プラスの数値はプラスの効果を、マイナスの数値はマイナスの効果を意味する。
注2:その他公的訓練とは、雇用型訓練以外の公的支援のある訓練のことである。
- 企業ヒアリング調査から、雇用型訓練を実施していた企業のうち、新たな採用などの需要がない場合を除けば、半数が制度を活用し続けていた。助成金の削減は制度活用を止める理由のひとつではあるが、制度の運用面での問題を感じていたところに助成率低下が重なることで、「割に合わない」という感覚からの利用断念が多かった。一方で、新たな企業に対して制度の利用を促進する上では、助成金(額)の役割は大きかった。
- 雇用型訓練の効果として、①採用や新人育成における課題(即戦力しか採用できない、新人教育をおこなう余裕がない)が解消され、より効果的な採用・育成ができたという声があるほか、②訓練生は採用後の仕事ぶりやスキルの伸びが大きい、訓練生以外の従業員にも刺激になりその意識や仕事ぶりが向上した、制度導入をきっかけに社内に体系的な人材育成の仕組みをとりいれた、などの波及的な効果が見られた。制度活用をやめた企業でも、人材育成の仕組みとして、同制度の考え方が定着する傾向があった。
- 制度の運用上の課題としては、①事務負担の大きさや柔軟性のない訓練スケジュールなどの制度の利用しづらさ、②訓練のチェックが助成金の適正な支給のための形式的なものになってしまっていること、③本制度がトライアル雇用などの雇用対策と同列に理解されがちであり広報に課題があること、などが指摘された。
図表2 ジョブ・カード制度の雇用型訓練活用の効果
政策的インプリケーション
- 第1に、基本型訓練には求職者を雇用に結びつける効果があることがみとめられた。雇用型の訓練を今後とも拡充していくことが望まれる。ただし、その雇用が長期的な安定にはつながらない場合があることも示唆されたので、訓練後の状況についての継続的な調査を行い、マッチングや訓練期間などの問題がないかを検討する必要がある。
- 第2に、煩雑な事務や厳格なスケジュール管理など、企業にとって負担感のある制度であることが指摘された。また、訓練成果ではなく、計画通りの事業遂行をチェックするという仕組みにも不満があった。本訓練が小規模企業で多く行われていることから、こうした負担感・不満が特に大きいのではないかと推測される。企業負担を軽減するためには、訓練計画の作成や事務を補助し、場合によっては訓練成果を第三者として測れるような職業訓練の専門家が必要ではないだろうか。こうした「訓練コンサルタント」となる人材の育成、活用を検討する必要がある。
- 第3に、この制度が、実質的には中小企業に入職訓練を提供する仕組みとして機能していること、さらに、より広く企業内に人材育成システムを根付かせる契機となっていることを評価するべきである。中小企業の人材育成支援を制度の目標のひとつとして掲げること、また、制度の普及のための広報においても、職業訓練の制度であるという性格を強調すべきである。トライアル雇用など他の政策と差別化した広報戦略が望まれる。
本文
- 労働政策研究報告書No.153 本文 (PDF:8.3MB)
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- 表紙・まえがき・執筆者・目次(PDF:961KB)
- 第1章 概要(PDF:929KB)
- 第2章 求職者に対する雇用型訓練の効果(PDF:1.0MB)
- 第3章 雇用型訓練の活用と企業の人材育成―訓練実施企業への追跡ヒアリング調査から(PDF:1.3MB)
- 資料1 (企業ヒアリング調査)(PDF:1.1MB)
- 資料2 (求職者追跡調査:「転職モニター調査」)(PDF:7.2MB)
研究の区分
プロジェクト研究「経済・社会の変化に応じた職業能力開発システムのあり方についての調査研究」
サブテーマ「能力開発施策のあり方に関する調査研究」
研究期間
平成24年度(調査は22~24年度に実施)
執筆担当者
- 小杉 礼子
- 労働政策研究・研修機構 統括研究員
- 原 ひろみ
- 日本女子大学家政学部 准教授
(前労働政策研究・研修機構 副主任研究員) - 高橋 陽子
- 東京大学社会科学研究所 特任研究員
- 安井 健悟
- 立命館大学経済学部 准教授
- 山本 雄三
- 青山学院大学経済学部 助手
(前労働政策研究・研修機構 臨時研究協力員) - 高見 具広
- 労働政策研究・研修機構 臨時研究協力員
- 小川 豊武
- 労働政策研究・研修機構 臨時研究協力員
- 小野塚 祐紀
- 労働政策研究・研修機構 臨時研究協力員
データ・アーカイブ
本調査のデータが収録されています(アーカイブNo.68)。
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