ディスカッションペーパー25-03
中間層の暮らし向きは案外良くない

2025年3月19日

概要

研究の目的

所得の観点から見て中間層(中間所得層)に区分されたとしても、世帯の経済的ウェルビーイングが高いことは必ずしも保証されない。消費に関する主観的な情報(世帯の暮らし向きに関する意識)に注目し、中間層の経済的ウェルビーイングを高めるための方策を探る。

研究の方法

厚生労働省「国民生活基礎調査」個票データを用いた分析。

主な事実発見

所得の観点から見て中間層に区分される世帯であっても、暮らし向きが良好な世帯、良好でない世帯がそれぞれ一定数存在する。多変量解析の結果、暮らし向きの高低と、妻の就業時間の長短あるいは妻の就業形態との間に関係があることが示された。

研究概要

本研究は、世帯が回答する主観的な暮らし向きに焦点を当て、その関連要因を明らかにし、暮らし向きを改善するための方策を検討するものである。1990年代から2010年代にかけての中間層の暮らし向きの低下に着目し、特に労働時間や就業形態、家計の消費支出などが暮らし向きに与える影響を詳細に検証する。

研究の背景と目的

本研究では、世帯の「生活水準」を反映する指標として暮らし向きに注目した上で、特に中間層を分析対象として、暮らし向きと消費支出や可処分所得、世帯属性や就業状態との関係について分析する。

主な研究成果

  1. 『国民生活基礎調査』のデータでは、(医療の現物給付などを含む)実際の消費の詳細な情報を把握することはできず、消費支出に関する部分的な情報のみが利用可能である。その点を踏まえた上で、所得グループごとの消費支出の推移をみると(図表1)、総消費支出に占める中間層の消費支出の割合は他の所得グループと比較して、2020年代にも依然として高い水準にあることが確認できる。これは、中間層がマクロの家計消費、ならびに経済全体の需要を支える役割を果たしていることを示唆している。しかし、1980年代から1990年代にかけて中間層の消費支出割合は低下し、その後はほぼ横ばいか、やや漸減する傾向にある。この推移は、中間層の人口割合の変化と類似しており、日本において中間層の経済的影響力が徐々に弱まっている可能性を示している。

    図表1 所得グループ別に見た、消費支出額の割合の推移

    図表1画像:1985年から2021年までの各所得グループ(貧困層・低所得層・中間層・高所得層)の消費支出の割合を示している。各年の値は、各所得グループが全体の消費支出の中でどれくらいの割合を占めているかを表している。

    資料出所) 『国民生活基礎調査』個票データより筆者ら計算。

    注) 5月の世帯員全員の支出額の合計額に基づき計算した値。

  2. 世帯全体の暮らし向きの動向と、中間層の割合の変化を並べて図示すると(図表2)、世帯全体の暮らし向きが「普通」以上の世帯の割合は、1980年代に上昇後、1990年代から2010年代半ばにかけて低下し、その後上昇したが、2022年から2023年には物価上昇の影響もあり、再び低下している。この暮らし向きの推移を中間層の割合の変化と比較すると、1997年の中間層の範囲を基準にして算出した中間層の割合の動きが、暮らし向きの変化と一致する傾向が見られた。このことから、暮らし向きの変化は実質的な所得の低下と関連していることが示唆される。

    図表2 暮らし向きが「普通」以上と回答した世帯の割合の推移

    図表2画像:日本における「暮らし向きが普通以上」の割合と「中間層比率」の推移を示している。1997年の中間層の範囲を基準にした場合の割合の動きが、暮らし向きの変化と一致して動く傾向が見られる。

    資料出所) 『国民生活基礎調査』公表データならびに個票データより筆者ら計算。

  3. 世帯主年齢が18~64歳の世帯と65歳以上の世帯に分けて、所得グループ別に暮らし向きが「普通」以上の世帯の割合をみると(図表3)、中間層や低所得層における暮らし向きの変化が大きい。この傾向は特に世帯主年齢が18~64歳の世帯で顕著である。また、中間層の暮らし向きの水準は世帯主年齢18~64歳の世帯の方が、世帯主年齢65歳の世帯よりも低く推移している。

    図表3 世帯主の年齢別の暮らし向きが「普通」以上と回答した世帯の割合の推移

    図表3画像:暮らし向きが「普通」以上と感じている世帯の割合を、所得グループ別・世帯主年齢別に示したものである「貧困層」「低所得層」「中間層」「高所得層」の4つの所得グループに分かれ、それぞれについて世帯主年齢が「18-64歳」と「65歳以上」の場合の割合の推移が示されている。

    資料出所) 『国民生活基礎調査』公表データならびに個票データより筆者ら計算。

  4. 3について詳しく検討するため、1986年から2022年の暮らし向きの変化について要因分解を行った。その結果、約10%ポイントの暮らし向きの低下の大半は、各所得グループ内での暮らし向きの変化によるものであり、中間層、中でも中位中間層の影響が大きいことがわかった。貧困層の増加によるシェア変化の影響もあるが、その寄与は限定的である。
  5. 世帯が比較的短期間のうちに調整可能な、労働時間ならびに就業形態が、暮らし向きに与える影響に着目し、多変量解析を用いてその関係を検証した。その結果、特に妻が正規雇用を選択することが暮らし向きの改善に有用であることが示唆された。また、妻の労働時間の増加は必ずしも暮らし向きを良くするわけではなく、一定の範囲内では生活の質が低下する可能性もあるため、その転換点を考慮することが重要である。

政策的インプリケーション

両立支援策の拡充の有効性、特に妻が非正規以外の就業形態で就業できることを促進するための訓練支援策の重要性などについて指摘した。

本文

研究の区分

プロジェクト研究「技術革新と人材開発に関する研究」
サブテーマ「技術革新と人材育成に関する研究」

研究期間

令和6年度

執筆担当者

篠崎 武久
早稲田大学 理工学術院教授
高橋 陽子
労働政策研究・研修機構 主任研究員

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